NO38.学生活動の復活

INDEX>
学生活動の復活

敗戦の年の秋ごろから翌年にかけて学生の自治活動が復活してきた。文化部関係では戦時中も解散することなく細々と伝統の火を守り続けたグリークラブが、いち早く“Old Kwansei”を歌って初練習を開始した。

 

運動部でも次々とチームの再編成がなされ、練習が始められたが、12月12日から翌年1月末まで特別の冬季食糧休暇に入る状態であったので、クラブ練習をする傍ら練習場の整備や運動具の調達に奔走するなどクラブ運営も思うにまかせない時期が続いた。こうした動きの中で1945(昭和20)年10月から挙闘部は再建準備を進め、11月に全国のトップを切って全関学紅白試合を西宮球場で行った。

 

戦時中「報国団」の名で戦争遂行の一翼を担わされてきた学生団体も、1945(昭和20)年9月には再び「学生会」の名称にもどり、11月下旬には全学学生会の役員選挙が行われ、11月23日に体育祭を、続いて27日には大阪朝日会館で文化祭を開催した。学生会はこれらの諸行事の総まとめとして12月5日に戦後初めての学院記念祭を行い、仮装行列や芸能大会があって、解放された自由な雰囲気の中で、華やかな行事が展開された。

 

やがて運動部の多くが全国制覇や関西制覇の偉業を遂げ、デビスカップ選手やオリンピック選手を出し、たちまちのうちに黄金時代を築き上げた。文化面でもグリークラブが1948(昭和23)年の第1回全国合唱コンクールに優勝以来7連覇の輝かしい歴史を築いた。

戦後初めての記念祭覇業交歓
 
全国制覇した相撲部
 
 
第1回全国合唱コンクールで全国優勝したグリークラブ   ボクシング部戦後初の全関学紅白試合   迷彩の校舎前の軽音楽部