NO27.太平洋戦争勃発と学徒出陣

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太平洋戦争勃発と学徒出陣
 日中戦争の後、戦争は拡大傾向にあり、ついに1941(昭和16)年12月8日の真珠湾攻撃に始まる太平洋戦争に突入していった。その日の朝、関西学院では大学・専門学校・中学部の全教職員、学生生徒が図書館前の芝生に集合し、「大戦の詔勅」のラジオ放送を聞いた。一同はいまだかつて経験したことのない緊張感をもって、この日を迎えたのである。
  同年9月文部省は修業年限の短縮と卒業期の繰り上げ措置をとり、学院においても、翌1942(昭和17)年3月卒業予定者の卒業は前年の12月26日に、また43(昭和18)年3月卒業生は42年9月に繰り上げて異例の卒業式を挙行した。やがて戦争が長期化し拡大していく情勢のもとで、国内は準戦時体制から挙国一致の本格的な戦時体制に入っていった。
  1943(昭和18)年10月2日、戦火たけなわの中で、国を挙げての総力戦態勢の確立のために、ついに学生の徴兵延期の特典も撤廃されることになった。いわゆる「大東亜戦争、完勝ヲ期センガタメ」の「在学徴集延期停止ニ関スル」文部次官通牒である。
  これによって学生の大部分は徴兵検査を受け、「学徒出陣」として1943(昭和18)年12月に陸軍または海軍の部隊に入隊、入団していった。彼らは学業半ばにして勉学を捨て、ひとまず仮卒業証書を授与されて、戦列の第一線に加わることになったのである。当時の学生にとっては未曾有の悲壮な歴史の一こまであった。ちなみに、1944年度の商経学部第3学年の在籍者135人のうち、入隊者115人、休学者3人、在籍者17人であり、1944(昭和19)年9月の同学部正式卒業者は除隊者2人を含めた19人であった。