NO21.大学学部開設

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大学学部開設
 1934(昭和9)年に開設された大学の法文学部には文学科と法学科、商経学部には商業学科と経済学科が設けられた。法文学部長にはウッズウォース専門部文学部長が、商経学部長には神崎驥一(1884-1959)高等商業学部長が、それぞれ兼任することになった。
  教授陣は、法文学部においては学院内から教授として今田恵(心理学)、小松堅太郎(社会学)、中島重(憲法学、法理学)、ヒルバーン(S.M.Hilburn)(宗教学)、助教授として大石兵太郎(政治学、社会心理学)、志賀勝(英文学)が、学外から同窓の竹友虎雄(英文学)教授のほかに「滝川事件」(1933年)のため京都大学を去った田村徳治(行政法学、行政学)教授と石本雅男(民法学)助教授が就任した。商経学部においては教授として石井卓爾(商業英語)、ミックル(J.J.Mickle)(会計学)、池内信行(経営経済学)、原田修一(外国書購読)、助教授として青木倫太郎(会計学)、専任講師として田村市郎(統計学)が任命された。
  法文、商経の両学部は各々大学院を併置し、1937(昭和12)年に第1回の卒業生を出した。こうして制度上の完成を一応みた大学は、さらに教授陣の充実、施設の拡充に努めていたが、その途上の1939(昭和14)年2月6日にウッズウォース法文学部長が急逝した。ウッズウォース部長は、1913(大正2)年学院に赴任して以来、その高雅で公平無私な人柄とともに英米文化の蘊蓄をもって学生たちに深い感化を残した。教授はカナダが日本に与えた最高の贈り物の一つといえる。教え子たちは教授の薫陶を忘れることができず、戦後の1952(昭和27)年になって英文追憶集“In Memoriam”を出版している。