NO19.大学昇格と予科開設

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大学昇格と予科開設
 1932年(昭和7)年4月 大学法文学部への進学コース(甲類)と商経学部への進学コース(乙類)からなる2年生の大学予科が開設され、入学生は2年後大学の両学部に進学した。神戸市原田の森以来実に十有余年にわたる学生・教職員による大学昇格運動がようやくここに結実したのである。学生会は同年5月17日の定期総会において大学昇格感謝決議を行い、秋の創立記念祭(10月17日)を「大学昇格祝賀記念祭」として新しい大学の誕生を祝った。
最初の予科の入学志願者総数は494人(甲類103人 乙類391人)で、入学許可者は220人(甲類86人 乙類134人)、第1回入学生の約4分の1の50人が中学部出身者であった。
初代の大学長にはベーツ院長が、予科長には高等商業学部の菊池七郎教授が就任した。菊池予科長は1918年(大正7)年に高等学部教授として学院に来任して数学を担当し、また学生課にあって学生の指導にあたっていたが、慈父のような温容とクリスチャン・スピリットに貫かれた人格者で、責任者にふさわしい寛容をもって初代予科長としての重責を果たしたのである。こうして当時の官公立旧制高等学校に劣らない独自の学風をもった予科は、学部へ優秀な学生を送り込んだ。
大学が開設された後も高等商業学部と専門部(神学部と文学部)はそのまま存続することになり、その間1931(昭和6)年11月には、高等商業学部創立20周年記念式が挙行され、記念論文集と『高等商業学部20年史』が刊行された。また1937(昭和12)年5月には専門部文学部創立25周年の記念式が挙行され、同年秋、記念論文集が発刊された。
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