NO18.上ヶ原移転

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上ケ原移転
  上ケ原への移転は1929(昭和4)年の3月に完了した。原田の森最後の年の図書館蔵書数は22,350冊であったが、この蔵書を上ヶ原に運ぶ作業の責任は高等商業学部の東晋太郎教授がとった。
田園地帯・上ケ原の新校地ではヴォーリズ建築事務所の設計・監督と竹中工務店の施工によって主要建築がすでに終わっていた。図書館を中心に、中央芝生を囲んで両側に建物を配置するという基本構図は、現在まで受け継がれている。新校舎はヴォーリズ(W.M.Vories)の構想により鉄筋コンクリート製で赤い屋根瓦とクリーム色の壁のスパニッシュ・ミッション・スタイルで統一されていた。しかし、まだ緑の木々も芝生もなかった新キャンパスは、赤土の上に四角い白い砂糖菓子を置いたように見え、さえぎるもののない夏の日差しは暑く、六甲山から吹き下ろしてくる冬の風は冷たかった。雨が降れば、靴は泥の中に埋まった。移転の年の9月28日に学院は創立40周年記念式を挙行し、最初の『関西学院史』を刊行した。
150本の桜、77本の楠も旧地主の芝川又衛門から寄贈され、緑の学園づくりが始まった。正門は同窓生有志の醵金によって、翌年の1930(昭和5)年3月に竣工した。上ケ原校舎のシンボルともいうべき図書館は竹中藤右衛門の寄贈によるが、時計台の大時計は未完成のままで、「針のない時計台」と呼ばれたが、学生会が1933(昭和8)年3月、電気時計を寄贈した。また旧学院正門は同窓の手によって移築された。現在の大学本部正面の門がそれである。
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