NO17.Noble Stubbornness - 学生諸活動

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Noble Stubbornness-学生諸活動
 1910年代後半(大正期)になると、高等学部開設により学院は上昇期に入り、時代の風潮とも相まって、学生スポーツが一気に花を開いた。時あたかも、庭球部が西隣のライバル校神戸高商に不覚にも敗れ、涙にぬれる選手たちに当時のテニス部長畑歓三が与えた名モットーが、今も体育会に残る”Noble Stubbornness”(「品位ある不屈の精神」)である。その後、庭球部の全盛期が訪れた。
高等学部の野球部は1920(大正9)年シカゴ大学と親善試合を行ったが、この夏、中学部(現高等部)の野球部は第6回全国中等学校野球大会に出場。決勝で慶応普通部を17対0で圧倒。1928(昭和3)年春の第5回選抜大会でも「和歌山中2連覇」の下馬評を覆し優勝、一躍勇名をとどろかせた。ボート、サッカー、陸上競技、水泳、馬術、剣道、相撲などの選手たちも、極東オリンピックや全国大会で活躍し、意気は大いに高まった。
1912(明治45)年6月29日、学生会が組織され、研究誌『神学評論』『商光』とともに、高い評価を得た『関西文学』ほか学会誌の発行、神学部の高野山大学との交換講演会、文学部河上丈太郎教授らの指導による社会思想研究と講演活動など学術・文化面のプログラムに加えて、関東大地震被災者の救護活動や賀川豊彦の神戸新川伝道応援など学生たちの積極的な奉仕活動が記録に残っている。
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